過越の小羊

 

 出エジプト記では、イスラエル人に過越の祭りを定められました。その起源は小羊を十日から十四日までの問、家の中でよく見守り、愛情に満ちた頃、これを殺し、その血をその家の左右の門柱と上の鴨居に塗りつけると、この血がしるしとなって滅ぼすものが自分の家にやって来てもそのまま過越してしまい、エジプト同様の災いは下らずに守られてエジプトから無事脱出できるという神の契約です。

 

そしてこれは主の祭りとして祝われる当時の人々だけでなく代々守るべき永遠の掟とされました(出エジプト1214)。

 

この過越の小羊はイエス・キリストを象徴しています(第一コリント57)。その定められた傷なき一歳の雄の成羊とは、三〇歳にして公に祭司職の権限に立てる年齢となった成人男性、罪の傷なきイエスさまの象徴です。イスラエル人がまず小羊を家の中でしっかり見守り、愛情の満ちた頃ほふるという定め通り、イエスさまも同様でした。

 

三年半の公生涯、弟子たちのしっかり見つめる中、イエスさまは弟子たちと共に親しく行動され、その御姿は弟子たちにとっていつも新鮮な不思議であり、イエスさまの行動一つ一つが注目を集め、イエスさまは群衆を魅了する神秘なお方として、まさしくイエスさまとは弟子たちにとって注目すべき家にやって来た珍しい小羊のような存在で「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの」(第一ヨハネ11)であられました。そして、偽りない愛と真実な心のイエスさまを弟子たちが次第に理解し始め、愛情が深まった頃、神の小羊イエスさまは十字架でほふられたのです。

 

 今日、考古学者が出エジプト直前の過越しの祭りの日までエジプトのゴシェンの地に往みついていたすべてのイスラエル人の家々を発掘調査して共通する不思議な発見をしました。エジプト人の家々にはなかったものですが、すべてのイスラエル人の家々の玄関の敷居の下には熱心に掘られた穴があったのです。この穴の位置は通常ならば絶対に掘らないはずの玄関の敷居の下です。

 

もし、イスラエル人の子供が「お父さん。お母さん。ありがとう。元気でね。行って来まーす」と言って家を出るならば次の瞬間「わあーっ!」と叫んで、そのままストンと穴に落ちてしまう危険でおろかな場所に位置するつまずきの穴です。

 

 調査の結果判明したことは、この穴が掘られた目的はイスラエル人にとって立ち去ってもはや

再び住む必要のなくなる家々のものであり、もうエジプトの家々には帰らないよ。という信仰の証しでもあり、最大の掘られた目的は過越しの夜ほふるための小羊が逃げられないよう、この穴に入れ、地の中でほふるために掘られたものでした。

 

ほふられた小羊はイエスさまを現わします。神の小羊イエス・キリストも、堅い岩地の岩盤を掘り下げて立てられた十字架、ここで血潮を流してほふられたのです。過越の祭りとはイスラエル人にとっての代々守るべき永遠の掟です。それゆえ神のイスラエルなる私たちクリスチャンも今日これを祝うべきです。

 

 今、聖霊さまが往まう神殿であるあなたの心の入り口にイエスの十字架を大きく掲げて祝いましょう。左右の門柱に塗られた血のごとくキリストの左右の御手には、釘打たれた血潮があります。上にあるかもいに塗られたの血のごとくキリストの御頭にはいばらの冠の血潮があります。足下の小羊をほふった穴に満ちた血のごとくキリストの御足には釘打たれた血潮があります。

 

そして心の入り口の扉いっぱいにはイエスの背中のむち打たれた血潮があります。これをしっかり塗りつけることにより、滅びの御使いは(第一歴代誌2125、詩篇7849)絶対心に入ることはできず、滅びの災いは過越すのです。このように災いと滅びの御使いを過越させるすばらしく力ある小羊イエスの血潮をあなたの家にも適応して、家族の守りのために祈りましょう。

職場も学業もすべてイエスの血潮により守られて、霊的病の根源サタンに打ち勝って、霊的に健全なクリスチャンとして永遠の祝い、礼拝を捧げましょう。

 

 長年、伝道師をしている私の妻が宣教師として日本に召され来日準備をしている頃、主から多くの導きと啓示がありました。その一つに夢の中で日本の各宗教の指導者たちが一人ずつ集まった群衆が見えたそうです。彼らは口々に相談して言いました。

 

「今から日本に来るこいつはどれくらい力があるだろうかひとつ見てみよう」

 

夢の中で妻は部屋の中にいましたが、やがてその集団はぞろぞろと家の中にまで入ってきました。彼らは渡り廊下を歩きながら妻のいる部屋の前を通り過ぎる時、次々とのぞき込んで妻を観察しながら隣の部屋に入っていきました。そして隣の部屋に集団がすべて集まると互いにそこで作戦会議を開きました。その時、主が妻の霊の耳を開き、悪霊どもの相談する会話をすべて聞こえるようにされました。そこで聞いていると中でも一番強い力を持つ代表は仲間の弱い一人に向かって命令しました。

 

「おれたちはイエスの血潮と十字架さえなければ勝つことができるのだ。おまえはあの女の所ヘ行ってこれだけは絶対語らないように口をつぐむよう頼んでこい」

 

 すると命令された一人が、隣の部屋から妻のいる部屋に入ってきました。ところが聖霊さまに満たされていた妻は、使徒パウロが魔術師エルマをにらみつけたように、これをにらみつけたため、彼は何も言えなくなってしまいそのまま隣に帰って「だめだ。それは無理なことだ」と報告しながら仲間の集団と共に逃げ去っていきました。

 

 イエスの十字架の血潮は悪霊どもから私たちを守る勝利の力であり、悪霊どもの最も恐れるものです。高らかに讃美しましょう。夢を見た直後のことです。実際に妻の運転する自動車が道路で一時停止をしている所へ巨人なクレーン付きの大型車が突っ込んできました。幸い怪我はなく、つぶされた車は保険対応で向こうがすべて保証して修理しましたが、サタンは日本宣教を妨げようと事前に命までねらって攻撃してきたのです。

 

 ペルシャの君、ギリシャの君(ダニエル1020)があるように日本地域担当の君なる悪魔がいます。サタンは人を盗み、殺し、滅ぼす性質を持っています。

 

サタンは元々、神の子供であった人間をエデン以降、罪の支配により合法的に神の御手から盗み、次には罪を熟させることや、病、不慮の事故等により殺し、最後は黄泉で死者の魂を日々苦しめて滅ぼす働きをしています。しかしイエスさまが来られた目的はサタンの働きを打ち壊し、私たちが命を豊かに得て、すべてのことに幸いを得て、健康に過ごすことにあります。

霊的病サタンに対する勝利の秘訣イエスの血潮を堅く握りましょう。