アダム1

 

 

 人間は創世記二六節によると「われわれに似るように人を造ろう」と主が仰せられて父・子・聖霊の神に似せて造られた存在です。それゆえ父・子・聖霊に似せて造られたわれわれ人は雲・魂・肉の三拍子を持っている霊的な存在です。神さまが永遠に生きておられるように私たちも永遠に生きる存在です。霊魂が永遠の天国で幸福に暮らすか、永遠の地獄でそしりと忌みを受け苦しみながら滅びていくか、二つに一つの道を人間は永遠に行かねばなりません。

 

テサロニケ人への第一手紙五章二三節では使徒パウロがこのように告白しました。

 「あなたがたの、たましい、からだが完全に守られますように。」

 

 人には霊・魂・肉があるといいました。またヨハネの第三の手紙では「愛する者よ。あなたの魂が恵まれるようにすべてが恵まれ健康であるようには祈る」と使徒ヨハネは告白しました。

 

人間にはこれら三拍子があります。ところが動物には生き物としての霊はありますが(道者の書三章二節に「獣の霊」と書かれてあるとおり)、動物が生きるための霊はありますが、魂がないのです。魂を語訳聖書では「こころ」と訳ています。こころが動物にはないのです。それゆえ動物はただ理性がなく本能によってのみ動かされ、本能によって行動する存在です。

 

しかし人間には魂こころがあります。この点において人間は全く根本的に動物とは違う存在として万物の霊長として高価で尊い獣以上の存在なのです。創世記二章七節によると、最初の人間アダムを主が造られたときは「地のちり」によって人間を形作って創造したとあります。

 

 アダムは地のちりで造られたのです。そしてその鼻にいのちの息吹を神さまが吹きこまれた

とき、初めて人は生き物となって立ち上がりました。土地のちりとは言いかえれば土です。で人間はつくられたのです。科学者によると人間とは約八五%が無機質の水分でできており、それは酸素と水素です。それ以外の人間の原料とはカルシウムとナトリウムと鉄と窒素とリンと礁素と微量元素によってできているそうです。

 

もし人間のこれら全部の元素を単なる資源として計算するならば、だいたい二~三万円位の価値しかないそうです。いいかえれば本当に地のちりのようなものです。

そして実際的にも人の成分というものは、元素的にいうならば土地のちりである土と同じ元素によってできているそうです。人地のちりにすぎない存在です。ところが神さまがそこにいのちの息吹を吹きこまれたがために高価で尊い霊的な存在とされのです。人間は一人の魂に何億円もの保険がかけられるほど本当に価値あるものとされているのです。魂すなわち心ある人間は、動物以上の高価で尊い特別な存在とされました。創世記によると、最初に神さまが人間を造られた後、動物たちを一匹一匹アダムの所へ連れて来られました。

 

それは動物たちに対して、アダムがどのような名前をつけるのか見てみようと、神さまが名づけ親の使命を与えられたからです。神さまが物凄い多くの種類のいろいろなユニークな動物たちを一匹一匹アダムの所へ連れてこられました。アダムは責任ある名づけ親として、すべて異なるふさわしい名前をつけていったのです。一匹一匹にふさわしく名前をつけたことがわかるのは、後に女エバに対して名前をつけた時もでたらめな起源のない名ではなく、神さまが男(イシュ)を用いて女を造ったその起源にふさわしく、男から「イシュから」という意味をもつ(イシャ)女と名づけているからです。

 

の生物学者の話によると、創世当初の地球には、少なくとも七〇万~一〇〇万種類は動物ちがいたと推測されています。それに加えて未確認の絶滅動物たちや恐竜たちも加えると、天文学的な数の生き物がそこに満ち溢れていました。それら一匹一匹にすべて異なるユニークでふさわしい名前をアダムはつけていっのです。そう考えるとアダムは非常に忍耐力のある英知に満ちた想像力豊かな心をもつ人物でした。アダムには連出会う新しいユニークな無数の動物たちを観察しながらふさわしい名前をつけていく趣味のような楽しみがありましたが、もうひとつ、もっと大きな使命がありました。

 

 それは神さまを礼拝するという使命です。人間は神さまを礼拝するために造られた存在です。それゆえアダムの魂には、いつも渇きがあったのです。彼は魂の与えられた霊的な存在として神さまを礼拝したくてしかたがないのです。霊的な分野の心が渇いてこれを要求するのです。ちょうど、人間がかわいた砂漠において、水が飲みたくてしかたがなくなるように、アダムも礼拝したくてしかたがなくなりました。神さまの御前である時は一人で、またある時は合同で、礼拝を捧げたいと思うようになりました。

 

 そこでこれは想像上の世界の話ですが、ある時、アダムは出て行ってエデンの中でも最も賢いと思われたチンパンジーやサルやゴリラの所へ訪問しました。そして彼らに呼びかけました。

 

 「やあ。チンパンジー君。私は今からこれらエデンの園と私とすべてのものを造ってくださった良き神さまに心から感謝して礼拝を捧げたいと思うんですよ。チンパンジー君。よかったら私と一緒に合同礼拝をいたしましょう。じゃあ、今から私が導くから一緒に讃美を捧げましょう。

 海と空 つくられた主は あなたの主 私の神…♪」

 

アダムが一生懸命讃美しながらちょっと横を見るとチンパンジーは「キー キー ウッキー」といって全然一緒に讃美できません。ことばが通じません。合同礼拝が成り立ちません。サルやゴリラやチンパンジーは人間の三位の知能レベルを持っていたとしても、彼らには言語能力がありません。理性もなくただ本能によって生きる存在として一緒に礼拝ができないのです。

 

 

そこでアダムは言いました。「サル君。元気で。さようなら」

 

今度は代わりにエデンを歩いて行くとそこにヘビを発見しました。

「あっ、ヘビ君。君ならできるだろう」

 

聖書は証言します。神さまが造られた野の獣のうちでヘビが一番狡猾なものとして造られたのです。ヘビは当時、非常に人に限りなく一番近い動物として存在していました。創世記三章一節によるとヘビは確かに人間と同じ言語能力を持ってエバと対話しています。ヘビは始め話すことが出来たのです。エレミヤ書によると、神の審判の結果としてヘビは言葉を失ったと書かれています。

「彼女の声は蛇のように消え去る」(エレミヤ4622

 

それはゲラサ地方の豚の群れやエペソの獣の中にも入ることのできる悪魔がエデンのヘビの中に入って、アダムとエバを堕落させたため悪魔の共犯者として神さまから審判を受けて呪われ言葉を失われたのです。ヘビは足も失われました。

 

 これも想像上の世界の話ですが、聖書では一番校滑な野の獣はヘビだと書いてあります。だいたい動物の中でレベルの高い高等動物になればなるほど足の数が少なくなるものです。先ほどのサルなどは人間のように瞬間二本足で歩くこともできるでしょう。でもだんだん下等な動物になると四足になり、もっと下等になるとムカデのように足が何十本も生えていす。高いレベルの生き物こそ足が少ないのです。そして一番レベルの高い狡猾な生き物がヘビです。であれば、それよりも少しレベルの低いサルさえ、二本足で歩けるならばなおさらのこと、ヘビは二本足で歩けたはずです。そしてヘビは審判を受けた結果として足をすべて失い、地のおもてをはいずりまわらなければならない惨めな敗北し存在となっのです。

 

ですからこうして考えると、最初に人間の前にいたヘビとは人間そっくりに言葉を巧みに語る言語能力を持ち、人間のように二本足で歩くことができ、エバと対話できるほどの狡猾な知恵があったのです。これが最初のヘビです。ですからアダムは出て行ってヘビに言いました。

 

「ヘビ君。あなたは一番狡猾で私と一緒にコミュニケーションできますねぇ。人間と同じように座ることができますねぇ。まあまあ、そちらの岩場に腰掛けてください」

 

 そしてアダムはいいました。「それじゃあヘビ君。今から一緒に祈りましょう。神さますばらしいですね。祈ったら願いがかなえられますよ。一緒に声を出して祈りましょう。ハレルヤ。主よ!

 

 アダムが祈り姶めました。一生懸命祈りました。そうするうちにアダムはちょっと薄目を開けてヘビを見ました。するとヘビはポカーンとして目を開けたまま退屈そうにあくびをしていす。ぜんぜん祈りません

 

「あれ、ぜんぜん無関心だな」

 

そこでアダムはすっかり心が冷めて目を全開にして言いました。

「ヘビ君。ヘビ君。一体どうして君は祈らないの?どうして一緒に礼拝することができないの?」

 

するとヘビは答えて言いました。

「ん? 礼拝? 礼拝なんてつまらないよ。神さま?神さまならよく知っているよ。園を歩き回られるあのご主人様ですね。世界と私と全部を造ったお方ですね。よーく知っているよ。だいじょうぶですよ」

 

そう蛇は答えましたが、やはりヘビは人間ではなく野の獣です。人と異なり神さまを霊的・体験的に知る魂がありません。神さまがおられるということを単に知識として神学的に知っていたけれど霊的・体験的に神さまを知らないのです。これが魂を受けた人間と魂のない獣との根本的な違いなのです。こうしてアダムは落胆しました。

 

「だめだ。ヘビと一緒に礼拝を捧げることはできない」

 

それもそのはずです。獣には人間と異なり、神さまを知る霊的な分野がめからないのです。それでアダムはたった一人ぽつんと取り残されてしまいました。

 

「ああ。残念だ。合同礼拝は不可能だ。これらエデンには幾千幾万と数多くの動物たちが満ち溢れているけれどと一緒に礼拝のできる魂を持った存在は誰もいないのだ。彼らはみんな獣なんだ」

 

つづく